石巻にボランティアに行って来ました

4月16日、17日と石巻にボランティアに行ってきました。

結論:
・ボランティアはまだまだ足りない
義援金って、やっぱりすごく、すごく大事



15日の金曜日の朝に思い立って上司に「今日休みます!」とメール。石巻市災害ボランティアセンターに必要事項を確認した上で仙台のホテルと帰りの夜行バスを予約。飯田橋にある東京ボランティア・市民活動センターボランティア保険に加入して、ホームセンターや東急ハンズで長靴・厚手のゴム手袋・ヘルメット・ゴーグル・マスク(多層式)・ウエットティッシュ・雨カッパ(上下)を購入。17時前に新幹線に飛び乗って福島まで行き、「新幹線リレー号」という臨時列車を乗り継いで仙台へ。

仙台から石巻までは18日まで無料バスが出ていたので、日帰りで2日間通いました。

バスは3台、先着120名。ボランティアの人たちは女性が3〜4割くらいで20〜35歳くらいの人が中心。男性は25〜50歳くらいまでと年齢高めの人も多く参加されていました。4割くらいは県外の人だった印象です。


私が行ったのは、湊地区という海から約3キロ離れた場所。それでも、旧北上川津波がのぼってきて、あたりを襲ったようでした。特に古い家ほど崩れたりして、大きな被害になっているようです。




折れ曲がって中身がむきだしになった電柱。
運転席がぐちゃっとつぶれた自動車。
がれきの上に2階だけが形をとどめた家。


どれもテレビや新聞、ネットで見ていたけど、目の前にすると本当に言葉がなくて。



「入居者募集中」と書かれたアパートのガラスが割れて壁が崩れていたり、「新サービスはじめました」と書かれた美容院の中のパーマ機が泥に埋もれていたりするのを見ると、当たり前だけど、その瞬間まで普通に人が生きて、商売して、生活していたんだと実感しました。

送信者 石巻/Ishinomaki, Miyagi on April 16 - 17, 2011
送信者 石巻/Ishinomaki, Miyagi on April 16 - 17, 2011
送信者 石巻/Ishinomaki, Miyagi on April 16 - 17, 2011

私がボランティアに行ったお家は2軒ですが、どちらも70歳くらいのおじいちゃんおばあちゃんが2人で暮らしていて、1階は完全に冠水したけれども、2階に避難して何とか難を逃れたという方々。
本当に無事でよかったです。
とはいえ、普段の生活空間だった1階は天井まで津波が来たせいで、一面ヘドロまみれ。とても使えるような状態ではありません。

1軒めのお家は前日もボランティアが来たところだったので、私たちは押入れの布団や洋服をゴミに出し、床下の水を吸ったヘドロをかき出しました。
が、田舎の実家とかおばあちゃん家とかイメージしてもらうとわかると思うのだけど、とにかく布団や洋服が多い!そしてそれが全部泥水を吸って超重い!!衣装ケースを開けると、地震から1カ月以上たつのに、いまだに泥水が入ったまんま。それをみんなで担いでゴミ捨て場まで運んだり、泥を土嚢に詰めて運んだり。

送信者 石巻/Ishinomaki, Miyagi on April 16 - 17, 2011

2軒めのお家はボランティアが来るのは初めて、とのことで、何もかもが手つかずのまま。代々お醤油とお味噌を作って売っていた立派なお家です。
家の床は一面10cmくらいはヘドロがたまっていて、まず荷物を全部出した後に泥かきをするのですが、商品であったであろうお醤油やお味噌を入れる袋、お店の伝票などが次々と出てくる。台所の炊飯器やレンジ、お鍋や食器なども泥まみれ。さらに奥の部屋は仏間になっていて、ご先祖様の写真とか、何もかも流されてしまったお仏壇とかあって。「ご先祖様のお位牌がみつからないのでもし見つけてもらえれば……」と言われたのですが、見つけることができず、悔しい思いもしました。
注意深く作業したつもりだったけれども、もしかしてヘドロと一緒にすくって捨ててしまったのではないかと、正直まだ胸につかえています。

送信者 石巻/Ishinomaki, Miyagi on April 16 - 17, 2011

水道も電気も通っていないので、避難所になっている近所の小学校に毎日ご飯や水を取りに行くんだそうです。地盤沈下のため1日2回、満潮時には地下から水があふれて道路が冠水します。

送信者 石巻/Ishinomaki, Miyagi on April 16 - 17, 2011

作業は1日4時間、6人チームでやるのだけれど、とても1日では終わらなくて、次の日の人向けに引き継ぎノートを書いて終了。家の半分も掃除できなかったように思います。


「ボランティアが足りない」って、こういうことかと思いました。たぶんどちらのご家庭もまだ、泥にまみれたお家の2階で、老夫婦だけではどうすることもできずに、誰かが来てくれるのをただずっと、待ってる。そしてそういうお家がこの地区だけでもたくさんあって、きっと被災地全体ではものすごい量になるんだと思います。

だから1人でも多くボランティアに参加してくれること、そしてそのためにも参加しやすい環境が整うことを祈らずにはいられません。



あと、正直義援金もかなり集まっているみたいだし、分配には時間がかかるみたいだし・・・とちょっと懐疑的になっていたところもあったんですが、ボランティアに行ってみて改めて、義援金って大事、と思いました。


ボランティアはたしかにがれきを撤去したり、家の中を掃除したりできます。それもとても大事なことだけど、本当にここで生活していくためには崩れた壁を直し、床下に乾燥材を入れた上で床板を張りなおし、畳を張り、家具や家電、生活用品を一式そろえ、電柱を立て直して電線などをひく必要があります。それはやっぱり、素人の力だけでは難しい。プロにお願いして、地震津波にも負けない家を、町を作るには、やっぱりお金がいるんです。


そう思ったら、やっぱり寄付もすごく必要で、大事。

送信者 石巻/Ishinomaki, Miyagi on April 16 - 17, 2011

・・・と、すごく大変なように書いてしまいましたが(実際生活されている方はとても大変だと思うのですが)、個人的にはバスで隣の席になった同世代の女の子と仲良くなったりして、とても楽しかったです。仙台の牛タンも地酒もおいしかったー。


まだ余震の心配もありますが、落ち着いたらあらためてゆっくり観光したいなーと思います。海も山も本当に綺麗で、人もやさしくて、とてもとても良いところ。
もう地震津波も来ないで欲しいし、雪なんか降らないで早く暖かくなってほしいと、強く強く思いました。